観光における新しい宿泊形態としての分散型ホテルの可能性

要旨

【1】(問題意識)地方活性化の切り札としての交流人口増加=観光が期待されているが、日本では宿泊機能の強化が進まない。そこで近年取り組みが進められているのが「分散型ホテル」という宿泊形態である。大手ホテルチェーンに見られるビル型の建物は垂直方向に客室を積み上げているのに対し、分散型ホテルは地域に点在する空き家や空き店舗を客室に改修し活用することで水平方向に客室を展開している。この「分散型ホテル」のシステムはうまく利用できれば、1)地域の空き家を利用でき、空き家対策に有効。2)歴史的資産を活用し、町並みを保存できる。3)大きく、まとまった土地を取得する困難がなく、空いた物件をそのまま活用できる。敷居が低い。などの数々のメリットがある。そこで本研究ではこの「分散型ホテル」のシステムが持続可能なモデルかを探求した。
【2】「類似の概念と定義」最近、世界中で始まっており、イタリアにおける先進事例である『アルベルゴ・ディフーゾ』、日本における『まちやど』、『分散型旅館』、『分散型民泊』、『分散型古民家ホテル』、『分散型滞在施設』などある。「アルベルゴ・ディフーゾ」は、歴史文化があること、一般的な観光資源が無く、観光地ではない、交通の便が悪い山岳地帯がほとんどである点が、日本と異なる。そこで、日本の実情にあった形での定義は(単に「まち全体が旅館のようになる」ということではなく)「複数の宿を統合して、各棟が、1つのマネジメント(経営体)で統合されている」条件が重要である。
【3】「法制度・政策変遷の構造からみた日本における分散型ホテルの成立」1)2017年まで法令の壁として、旅館各施設(各棟)ごとに玄関帳場・フロントの設置義務があった。2)2015年〜2017年に、兵庫県の国家戦略特別区域への指定、特例措置=国家戦略特別区域法の施行でこの壁をはずした。3)2017年に、「旅館業法」の改正があり、次の全ての要件を満たし、宿泊者の安全や利便性の確保ができていることにより、「駆けつける体制」「監視カメラ」「鍵の確認」などの条件により1つのフロントの分散型ホテルが認められた。
【4】「分類論」筆者が、各種文献、ニュース、ウェブサイトから検索し広く収集した独自のデータベースにもとづく、日本国内の分散型ホテルの事例36例を分類した。(1)(立地地方別)中部・近畿・九州が多い。歴史型・自然型・都市型の三類型別とすると、『歴史型』15例は中部・近畿・中四国・九州が多い。『自然型』8例は中部・近畿が多い。『都市型』13例は中部・近畿・九州が多い。(2)(立地自治体の人口からみた価格帯の傾向)立地自治体の人口規模が小さいところの分散型ホテルは、平均価格帯が高い高級なものから低いものまで多様なバリエーションがある。ところが、立地自治体の人口規模が大きい、大都市の分散型ホテルは、平均価格帯が相対的に低い。これは、大都市型は通常のビルなどを使うパターンが多く、かつ利用者から近間なので、利用しやすい価格帯になるのに対し、自然型や歴史型はもともと時間をかけた長距離の旅であり、かつ環境の美しさを売り物にするところも多いことから、高価格の物件があると推定できる。人口100万人増えるごとに平均価格帯は5000円以上安くなる傾向にある。(3)(分散型ホテル自身の形態からみた価格帯の傾向)「自然型」>「歴史型」>「都市型」の順で価格が高い。「歴史型」の例外値をのぞくと、「自然型」の平均値は約2万円、「歴史型」の平均値は約1万5000円、「都市型」の平均値は約1万円、程度が目安となる。
【5】3つの代表的な事例「篠山城下町ホテルNIPPONIA」、「竹田城城下町ホテルEN」、「用宗一棟貸しの宿、日本色」を調べ持続可能なモデルを抽出した。【6】「採算性モデル」【平均的な稼働率を仮定した採算性】客単価が高単価な分散型ホテルにおいて10年の事業計画で早期に経営を安定させるには、以下の2モデルのどちらかを選択すればいい。1)収入安定モデル:客室稼働率40%までで採算性を確保するモデル。料飲収入など、宿泊部門の収入以外に安定した収入を持ち、かつ行政等からの補助金を受ける、もしくは客室数を多く確保する必要。2)高付加価値モデル: 客室稼働率45%以上で採算性を確保するモデル。宿泊部門以外の収入に乏しく、客室数も少ない場合で、収入安定モデルよりも高い付加価値を宿泊客に提供することで、高い客室稼働率を確保する必要がある。【稼働率も変数とした一般モデル(一般的損益分岐点分析)】(1)収入、費用関数の推定。できるだけ一般的な、分散型ホテルの採算モデルを構築するために、部屋数=N(室)、従業員数=n(人)、稼働率=rとし、毎年の収入・費用を推定する。【収入】P=2700Nr。【費用】C=I+R+S=150N+480n+450Nr。(2)損益分岐点分析。1)稼働率の限界は、35%〜45%程度。2)部屋数が多いほど、稼働率は楽になる。という、当初の仮定が正しいことが明らかとなった。【政策論】リノベーションではイニシャルコスト(=ほとんど改修費)を負担すると、経営が非常に改善する。まちづくりの公共性から正当化される場合は、イニシャルを応援するモデルは政策論として成り立つ。
【7】「マネジメントモデル」持続可能な形態で成功している分散型ホテルの事例は、特にマネジメント面においてもいろいろな工夫がある。旧来型のビル型ホテルとの比較をした。(1)宿泊業は規模の経済が働くので、経営規模は大きい方が有利。ところがこれまでのホテルだと土地取得が大変である。(2)分散型ホテルは、旧来型ホテルに比べ、土地取得が容易。分散型ホテルは、そのままなので、まとまった土地を用意する必要がなく、これは非常に大きなメリットである。(3)分散型ホテルは、旧来型ホテルに比べ、改修問題のみあり。(4)棟が分散しながら、集中的にフロントで管理する条件。(5)資金調達と事業遂行において、各種組織の役割分担のスキームを上手く構築する。(6)歴史的建造物の保存は「内発的発展論」の好例である。(7)アフターコロナ時代の小規模分散型旅行に最適の可能性がある。
【9】「地域協働モデル」行政、NPO、企業の上手な協働とまちづくりへの貢献があることを示した。(1)篠山・竹田のNPO法人+企業+行政協働モデル。(2)企業の地域協働・地域まちづくり貢献モデル:静岡市内のプロジェクトでは行政の補助があるが、用宗では行政の補助はなくとも、まちづくり、特に商業開発に多大の貢献をしている。

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