登録文化財を活用した地域拠点形成と歴史まちづくり -登録プロセス、メリット、まちづくりネットワークの視点から-

要旨

1996 年 10 月に発足した国の文化財登録制度は、国宝や重要文化財といった指定文化財のよう に、行政の許可制による強い規制と手厚い保護によって保存するのとは異なり、近代の歴史 遺産を中心として、住民、所有者が自主的に保存・活用する物件を国の台帳に登録し、緩や かな保護措置で継承していくことを目的とするものである。本研究では、この文化財登録制 度を利用してまちづくりをおこなっていく可能性を追求した。その理由は、【1】この制度は、 歴史的価値のストックを有するが、指定文化財のない地域や面的な景観整備計画(伝統的建 造物群保存地区や景観地区)が難しい地域において可能、【2】地域住民の発意により可能、 【3】届出制で改修による活用の柔軟性が高いので、用途を変更して、経営や地域活性化の ために役立つ活用が可能で、コンバージョンし、まちづくりの拠点を創出する可能性を持つ からである。2013 年 6 月 1 日現在、登録有形文化財建造物は全国で 9124 件あり、その中で登 録有形文化財建造物の件数が突出して多いのは大阪府と兵庫県のため、両府県に存する登録 有形文化財建造物を取り上げ、建造物の活用とそれに基づくまちづくりを考察することとし た。2013 年 6 月 1 日現在、登録有形文化財建造物は、大阪府は 534 例(立地場所で集約する と 196 例)、兵庫県は 550 例(立地場所で集約すると 140 例)あり、それらについて立地特性 (A都心、B都心周辺部、C郊外)と活用形態(a営利活用、b非営利活用、c保存)によ る9分類を行った。市町村別分類では、大阪府では、大阪市と大阪府南部に多い。兵庫県で は、神戸市を含む兵庫県東部に多い。登録年代別分類では、1996 年から 2000 年を第I期、2001 年から 2005 年を第II期、2006 年から 2010 年を第III期とすると、登録数の大きな傾向で、大 阪府は、第I期は大阪市、第II期・第III期は大阪府南部が多く、兵庫県は、第I期は神戸市、 第II期・第III期は兵庫県東部が多い。また立地特性と活用形態には相関関係があり、都心に おいては営利活用が多く、都心から都心周辺、周辺市町村に移るにつれて、非営利活用が多 いという結果が出た。登録有形文化財建造物活用の個別事例として、大阪府の北浜レトロビ ルヂング、寺西家阿倍野長屋、南川家住宅、兵庫県の甲南漬資料館、旧小河家別邸、旧小國 家住宅の6事例を挙げ、それぞれの活用方法、まちづくり活動と効果を検討した。そして、 個別事例で挙げた建造物が関わっているまちづくりのネットワーク事例として、船場近代建 築ネットワーク、「どっぷり、昭和町。」、貝塚寺内町と紀州街道まるごと博物館、灘の酒蔵探 訪、旧街道・街歩き、ルネサンス旧小國家プロジェクトの6事例を挙げ、それぞれの組織と 建造物のネットワークによる歴史まちづくりを考察した。それにより、(1)登録プロセス、 (2)メリット、(3)まちづくりネットワークの3つのモデルを創出した。【(1)登録プロ セスモデル】登録文化財制度の特徴は、法律上、(形式的には)登録の主語(登録者)は、あ くまで文部科学大臣となっているが、実際は、地方公共団体や所有者の申請で、届出制によ り登録が柔軟にできるような制度になっていることをみた。大阪府では、調査「大阪府の近 代和風建築」があり、2007 年前後までは、文化庁の方針もゆるやかなもので、登録が進んだ。 兵庫県は、登録文化財制度の契機となった自治体であるが、2010 年までは、登録数は大阪府 の方が上だった。しかしヘリテージマネージャー育成を 2002 年に始めてから、申請が拡大し、 2011 年には大阪府の登録数を上回った。そこで大阪府でも、調査と申請をサポートするヘリ テージマネージャーの養成講座が行われることとなった。このようなことから、登録プロセ スモデルとして登録文化財所有者の会やヘリテージマネージャーが、情報発信、調査・登録、 メンテナンス・交流をサポートするというモデルを提唱した。【(2)メリットモデル】【1】 北浜レトロビルは、差別化(希少価値の建物+本物志向の飲食)の成功により、高級ホテル 喫茶なみの単価 2000 円で、売り上げは、1か月で約 700 万円と成功した。【2】寺西家阿倍 野長屋は、長屋改修と共同住宅建設の収支を比較し、共同住宅は返済額が大きい(ハイリス ク・ハイリターン)、収入-支出=利益は長屋再生の方が2倍あることが分かった。【3】甲 南漬資料館の経営の例では宣伝広告効果、観光集客効果があり1年で売上約 3000 万円を得た。 以上から、1.営利活用成功のモデルとして、1立地条件、2建造物の希少性、3建造物に 頼らない経営、を導いた。また、2.非営利活用成功のモデルとして、1地域資料館として の活用が適しており、2運営一般に市民の参加が期待でき、3イベント等で住民間の交流が できること、を導いた。【(3)まちづくりネットワークモデル】登録有形文化財中心のネッ トワーク形成による効果の周辺への拡大を検討し6類型の可能性を示した。登録有形文化財建造物を活用し、歴史を核にした建造物のネットワークを構築する条件を考察した。登録文 化財を活用した歴史まちづくりが成功するためには、1ヘリテージマネージャーなどの専門 的職能ネットワークが主体となり、2登録プロセスモデルに則り登録手続を行い、3立地特 性と活用形態における分析結果に沿った活用方法を選択し、4メリットモデルで述べた活用 を行い、5歴史まちづくりネットワークモデルで考察したような建造物をつなげるネットワ ークを構築することができれば、建造物にとって適する活用ができ、その建造物を中心とし た歴史まちづくりができる。

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